『蟲師』現代の民話への試み

蟲師 (1)  アフタヌーンKC (255)

 蟲師(むしし)という聞き慣れない言葉と、水絵具で美しく彩色されたカバーの絵に惹かれて、このコミックを読んでみました。
 さまざまな形象をまとった妖怪やモンスターたちが跋扈するコミックの世界。とくにこのところ、現実といわゆる“霊界”との境目が不分明になり、無意識層に蠢くモンスターたちが、現実世界にいとも容易に出没し、血みどろの闘争を展開するストーリーや絵にいささか食傷ぎみになっていて。


…と、書きはじめたら、窓の外ではきのうからの雨が降りつづくなか、雷鳴が轟きはじめました。
 むかしから、漫画=コミックの世界では、その適性および常套手段として、現実と人間の抑圧された欲望との葛藤が非現実(夢)のなかでのモンスターとの戦いとして、数多く描かれてきました。それが爽快で面白く、また、とくに成長期にある人間にとっては、自分のなかの欲望=モンスターと向き合いながらそれを飼い馴らしていくという点で、それなりの現実的効用があったわけです。
 だけど、それにしても、です。近年の動機の解らぬ陰惨な殺傷事件の報道を見るにつけ、また、いま、こうまでドギツク魑魅魍魎がコミックの世界にあふれかえり、子供たち(大人も)が読みふけっている姿を目にすると、なんだか暗くこもりがちな世相に、さすがにこちらの気持ちも塞ぎぎみになります。流行りの言葉でいうと脳的・都会的な物語展開が昇華(消化)されないまま日々の暮らしに持ち越されるばかりで、感性を解放するはずの漫画といえども、いささか疲れます。
 しかしこの『蟲師』は、なにか得体のしれない“見えない”ものを、描こうとしていることにかわりはありませんが、昨今の他の妖怪=心霊マンガと一味も二味もちがいます。というか、生と死が溶暗・溶明する不可解な世界を描こうとする作者・描き手の感受性と、それを表現するうえでの姿勢が根本的にちがうのです。
 第一に、見えないものを、擬人的に安易に可視化せず、見えないままに描こうとしている点。
 第ニに、自然的なものを架空の別世界に置き換えず、大地に根ざした地続きの視点から凝視している点。
 それらを「蟲」という言葉で表現しているのですが、自然=生命の原始的・原型的パワーを、目に見える“恐れ”というより、見えない“畏れ”の不定形なものとして設定しているのです。この着眼の正統性=意外性を、物語を語るうえでの仕掛けにしているところがすばらしい。
 すでに単行本として7巻ほど出ていますが、1巻あたりに5話が収録されており、それぞれが完結したストーリーとして構成されています。
 私は見たことがありませんが、TVアニメとして放映されてもいたらしいのですが、派手なアクション=動きを“売り”にするアニメにはあまり向いていないかもしれません。むしろ、動きをシームレスに見せるのではなく、コマとコマの間(いうなれば行間)を読むことを読者に誘い余韻をのこす、その手腕と才能にこそこの作者の持ち味・よさがあるように思います(つまり読者は、多少、自分の想像力の発動を問われます)。
(その点、映画にするなら、実写版であれば見てみたい。大友克洋がオダギリジョー主演で実写版映画にしているとニュースを耳にしましたが、さすが優れたマンガ家/アニメ・クリエーターだけに、そのあたりの事情がわかってるなと、逆に期待を抱かさせます。)
 つまり、全部をわかりやすく見せてしまうのではなく、読者に“感じさせる”こと。ただの思わせぶりは困りますが、一種自然の不思議な気配といったものを主題としているようにも思えるこの作品は、作者が自分が感じること・感じようとしていることを、読者にも感じとることができるように物語ることに、語り過ぎないゆえに成功しています。
 最初、表紙の絵を見たとき作者は男性かと思っていましたが、この漆原友紀(うるしばらゆき)という作者は女性のようで、たしかにこれは女性であればこそ描ける世界なのかもしれません。この自然性とつながった感覚は、けっして観念的なものではなく、あえていえば良質な日本の女性作家(小説家、マンガ家)の説話伝統に連なる、あるいは立ち返る新しい“文学的”展開なのではないか、とでも多少オーバーに言っておきましょう。
 伝説・民話的であると同時に、この作品が湛えているセツナサは、決して敗者の心情から一方的に生じるものではなく、逆に勝ち負けのパワーゲームをしかけることによって自然から分離されてしまった、勝者である(と自惚れる)現代の愚かな人間に対する優しい眼差しにこもる切なさであるといえます。自然と人間の交感・共生のあり方、かつて持っていただろう「日本人の忘れ物」を探す物語として、“美しい国”の未来を、現在が内包している遠い過去の心性に求めようとしているのかもしれません。懐古的かつ予兆的、知性的かつ感性的な大人もたのしめるエンターテインメント作品です。
 などと、過剰かつ観念的に書いてしまいました(私は男なので!?)。
…雷鳴は一瞬でした。いまは雨も小降りになった、夕暮れです。
●映画『蟲師』公式ホームページ
http://www.mushishi-movie.jp/


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