わたくし的AIRな80日間3

茶会じかけの”クローンド・ヴィーナス”キーワードは『予兆そして破壊と再生』
AIRでのもう一つの柱
“クローンド・ヴィーナス”のワークショップ『悟空よ!』
― 孫悟空の”分身の法”はもしかして神話的クローン? ―

 もともと”クローンド・ヴィーナス”という私の方法は、基になった絵から様々な絵画的要素を、恰もクローンさせるように描き継いでゆくものですから、いちどにたくさんの作品が生み出されるという、ある増殖のイメージを持っています。「それはちょうどあの西遊記の孫悟空――窮地に追い込まれると自分の体毛を一とつまみ抜いて、口に含んでふっと息を吹きかけては、たちまち無数の自分をコピーしてしまう、あの霊獣孫悟空の”分身の法”(これも一種の神話的クローン?)を思い起こさせるものでもある」とは、この方法を始めた頃の、1984年の個展「『光とアクア』またはサイクロイド状の旅」のカタログで述べたものでした。

― カオスの中から生みだす自己再生 ―

 そうした私のセオリーをもとに企画された”クローンド・ヴィーナス”のワークショップ『悟空よ!』は、市内の二つの小学校、三内小学校3年生38名にはACACの創作棟のテラスで(6月10日)。甲田小学校の6年生60人については学校の体育館で、それぞれ行われました(7月28日)

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 3年生にはギャラリーの壁際にバラまいてある私の”クローンド・ヴィーナス”の絵の切れ端の中から、自分の気に入ったものを選んでおいてもらって、その断片を予め配っておいた白い画用紙に乗せて、そこから描き継いでいってもらうことにしたのです。これは常に断片化した絵の切れ端から描き継いで行くという私の方法の、いわば分身ゴクウとしての憑依というわけです。そして一応の完成点でこれを幾つかに切り刻んで、それを様々に貼りあわせながらそこから新しい絵を、自己をもう一度組み立て直す、という仕組みなのです。

 少し体力のついてきた6年生の場合には、コンビニなどから商品の流通に要した段ボールの空き箱をゲットしてきてもらって、その箱のデザインを子供たちなりに読み取り、平面ではなく箱という立体物に描くことから始められました。

 前者は私の絵の切れ端の一片という、自分ではない他者から出発する。そして後者は6面あるその全体を一度には決して見渡すことの出来ない段ボール箱に、その見えない全体に向けて、自分を組織しながら描いていき、それを更にバラバラに破壊して、その混沌状態から改めて、もう一つの絵(自己)を創造してゆくという、懸命な自己の再組織化という意味合いのものです。

 そうした他者との戦いのカオスの中で懸命に格闘する子供たちのその健気な様は、まさにかの孫悟空の”分身の法”によってここに偏在させられた、私自身の分身たちによる、感動的で刺激に富んだ光景なのです。ここではこうした個性溢れる子供たちの創造したフレッシュな自己を、私自身の作品とともに、ギャラリーにおいて、一つの”クローンド・ヴィーナス”の宇宙として偏在させることにしたのです。

― わが悟空たちの瑞々しい感性に ―
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 どちらの場合も子供たちにはアクリル絵の具を使ってもらいました。手にした絵筆をいきなりどっぷりと絵の具の瓶に突っ込んで掬いとった色彩の喜びに、そして或るものは直に指先に感じる絵の具という素材のぬらぬらとした質感に導かれて、ほとんど狂喜の混沌状態になり、それぞれが体中絵の具だらけにしながら、全身で自分の絵画的ボキャブラリーを見いだしていきます。そしてそれを何のためらいもなく自分の表現に結び付けていくさまを見ながら、恰もたった今、私が息を吹きかけて生み出した無数の悟空たちが、そうした私のやり方に倣って、たくさんの作品を無心に創り出していく、そしてそこに立ち現れる子供たちの柔軟で瑞々しい生のあり方に、とにかく大感激なのでした。

 そのようなわけで、もしかしてこのワークショップは、私の今までのすべて自分の中でのみクローンして来た制作の中で、或は最も進化したものになったのではないか、と密かに自負しているのですが・・・。

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 実際、子供たちが発見する絵画的ボキャブラリーの多くは身体的で激しいものがありますが、一例をあげれば、絵の具を手に掬いとって箱の表面を擦るように何度も繰り返して塗りたくっていく過程で、中に隠れている段ボールの畝が、不思議なストライプになってが現れることに気づいて、それが心を捉えたとなると今度はその横縞の線をもとに直ちに絵が変更されて表現に生かしていく子。あるいは絵筆を箱にたたきつけながら弾けるような絵の具のスプラッシュをいっぱいに撒き散らしている子供。叩いている音の存在を脇からちょっと気づかせてやると、今度は反対にリズミカルに箱をたたくことから絵を造り出していく、といったようになかなか刺激的なことが次から次へと起こっていったのです。

 そしてつくづく思うのですが、そういえば50年代このかた、私たちは同じように時々において発見した表現のボキャブラリーを、いちいちモダンアートのカノンに照らし合わせながら、実におずおずと描いて来たものだった、と。子供たちのこの屈託のない、解放された制作の光景を目にしながら、ふと今昔の感に打たれるのでした。余談ですが60年代の読売アンデパンダン展はそういう私に或る突破口を与えてくれた大きな存在だったと思います。


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