以上述べてきたことは、実践的にはどうような含意をもたらすだろうか。端的にいえば、我々が直面している難題は、この予感知(マンテイア)としての合意を再度明確な自覚的認識に高めていくことであろう。
しかし、その際、重要な留保がいる。確かに家族、地域、国家の存立は、ある種の予感知による合意に支えられているとしても、一端合意形成され、なんらかの法的な形式によって構築された共同社会は、この根源的な予感知の合意から乖離しているということである。上記で紹介したサンデルの現代社会への告発は、この乖離が途方もない規模に膨れ上がったことを物語っている。
富の途方もない規模での格差、家族内的別居、家族の崩壊、地域内の紛争、国家の共通善理解の乖離、国家的連帯の解体、これらの分裂を克服する道は、予感知、直知(ヌース)が、何らかの直観的な知性、感性と協力する知性が、再度の合意の確認への意志が発動されねばならない、という線上にあると思われる。もしそうであるとすれば、この予感知の合意の再形成のためには、伝統への呼びかけ以上に、面と向かっての議論、ヴャーチャル空間でない対面的空間、肌の触れ合う空間のなかでの議論の積み重ねが必要とされる、ということである。
予感知が、神的知性であると同時にある種の嗅覚的感覚知でもあったことを想起しよう。嗅覚は、アリストテレスにおいては、触角や味覚といった触覚的能力と、視覚や聴覚のような他のものを媒介とする感覚能力の中間的感覚とされている。触覚が存在物と直接触れ合うことで感覚される機能だとすれば、視覚は、媒介物(光、空気)を介して間接的に存在物を知る機能とされる。しかし嗅覚は、存在物に直接に触れるわけではなく、空気という媒介物を通じて触れる。その意味において視覚とも共通するところを持っている。しかし視覚とは決定的に異なっていて、嗅覚は存在物の生々しい存在性を感知する──その原因についてアリストテレスは不明とし、蒸発説と流出説とを否定している──、のである。その意味において嗅覚は、存在物の存在性、現前性を確実に捉えているといっていいであろう。予感知がある種の嗅覚性を持つということは、予感知は、相互の現前性を前提としているということを意味する。ここで言いたいことは、インターネット上での熟議の限界性を自覚しておく必要がある、ということである。
他方、議論の空間の場、規模の適正化という問題が浮上することとなるであろう。最近の欧米の地域主権の提唱、不均等連邦制の提唱はこの文脈から見て極めて示唆的である。地域に根差した言葉や慣行、価値観に再度立ち返って、予感知を再認識することが世界的規模で広がっている。この方向は、これまで是認されてきた国家の規模を細分化するかもしれないし、拡大するかもしれない。いづれにしても制度化された国家体制そのものを根底から問い直すかもしれないであろう。
また、人間の予感知、直知は、一方でサンデル、マッキンタイヤーたちの主張するように、継承されてきた伝統的な物語の解釈を喚起し、伝統的価値の再興のなかで連帯、名誉といった価値に、あらたな生命力を吹き込むかもしれない。しかし他方では、予感知、その再確認と目的間の選択的意志の発動は、悪しき伝統、悪しき物語を根本から作りかえる力、自由と平等を新しく提起する力を持っているともいえる。眼前にある分かれ道の選択だけではなく、道そのものを作り変える可能性も存在するということもできるのである。
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