少し前に本欄で紹介した義父の『戦災記』、その冒頭にふとその題名のみが出ていた『残菊物語』を、家の近くのTSUTAYAでみつけた。その場で借りて見てみて、その素晴らしさに思わず感涙。このところ、昔の映画がますます面白いと思えるようになってきた。むろん、昔(便宜的に、おおまかな意味で120年の映画の歴史の中盤以前を「昔」としておこうか)ばかりでなく、近年の映画も含め「2本立て」方式で交互に見たりしているので、入り混じって整理がつかなくなってしまいがち。
ということで、庵頓亭さんのリクエストでもあるし、今後の「c-ken(シネ研)」のためにも、前にこのブログでしたように、備忘録としてこのところ(『残菊物語』あたり以降)見た映画作品をメモ風にリストアップしておこう。そのほとんどは少し大きな画面サイズ(40インチ)の薄型テレビで、DVDかBDでみたもの。例によって、筋や詳細なスタッフ・キャストのデータは省き、主観的に記憶に残った(記憶しておきたかった)ことのみ簡単に記すに留める(くわしく知りたい人、見たい人は、グーグルあるいはアマゾンから)。ただし今回は、思いつき程度だが、「一言コメント」付きでやってみよう。
4.14●『丹下左膳余話 百萬両の壺』(山中貞雄監督 1935年) 『残菊物語』の前だが、これほどの傑作を取り上げないのはあまりに惜しいので、日付を4月14日からはじめたい。この夭折の映画監督、現在われわれに遺され見ることのできるのは、本作を含め3作品だけといわれている。私が山中の監督作を見るのは『人情紙芝居』につづく2本目。しかし、この面白さといったらどうだろう! ほのぼのとした独特のユーモア・センスというだけでなく、映画づくりの見事さ、演出の爽やかさに、見終わったあともしばらく、しあわせな気分でいられるこんな映画はそうはない。
4,15●『ウェスタン』(セルジオ・レオーネ監督 1968年) マカロニ・ウェスタンは、けっこう好きでよく見た。とくに、レオーネ! そのレオーネの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(ギャング物だが、これも忘れ難い名作)と並ぶ「最後の大作」で、ぶっとんだ傑作(快作、いな怪作というべきか)。あのロング・コート、あのカメラ・アングル、あの「顏」のクロース・アップ。あのハエ! そして全作を貫く、あの音楽(E.モリコーネ)!。
4.16●『残菊物語』(溝口健二監督 1939年) ラストの「舟乗り込み」のシーンが特に目に沁みた。つまり、泣けた! 以前、パンフ作りでちょっとだけ係わった坂田藤十郎の襲名披露、舟乗り込みのときの日本橋川の様子が脳裏に甦った。しかし、溝口の演出はほんとうにすばらしい! 役者もいい。役者を描いた映画だし、演技と人生の映画だし。
同日●『百年恋歌』(侯孝賢監督 2005年) 見落としていた侯孝賢(ホウ・シャオシェン)のこの一本を、アマゾンで見つけてDVD購入。映像の肌理とでもいうのか、これが映画だとしかいいいようのないその空間・時間表現のすばらしさは、見ている間息をするのも忘れてしまうほど。映画作りとは無縁の私でも、こんな映画を撮れるホウ・シャオシェンを真に尊敬してしまう。
4.23●『祇園の姉妹』(溝口健二監督、山田五十鈴主演 1936年) 山田五十鈴が群を抜いていい! 若き日の彼女の「生な」存在感が凄い。これが日本の自存した女優だ、と魅了された(私には京マチ子以来。田中絹代に関しては「そういう意味での」魅力はあまり感じない)。むろん構図や「長まわし」ショットの移動感覚がすばらしいことはいうまでもないが(私はオーソン・ウェルズの『偉大なるアンバーソン家の人々』を想起した。もう一度見なきゃ)。
4.24●『ゾンビ(DAWN OF THE DEAD)』(ジョージ・A・ロメロ監督 1978年) なぜか昨今も再流行の兆しがあるゾンビ映画の「導師」ロメロの第二作。以後の作はほぼ見ているが、これは見逃していたので。改めてコメントはしないけど、コノテのものの中でロメロが「教祖的」といわれるのは分るような気がする。終わりなき恐怖、というか「終らない?」という不安、、、悪夢の文法。
4.26●『女教師 汚れた放課後』(根岸吉太郎監督、風祭ゆき主演 1981年) 日活ロマン・ポルノ作品。70年代、学生の頃見たもののなかに、いまだに忘れ難い「名作」があった。監督名でいうと田中登とか曾根中生とか神代辰巳とか、、、。根岸の本作は初見だが、それほどでもないけど「まあまあ」といったところか。根岸にはもっといい作品があった気がするが、忘れた。そういえば今年は日活創立100周年だそうである。
4.27●『映画史 1-A すべての歴史』(J.L.ゴダール監督 1988–1998年) 見ていて目がチカチカし頭がクラクラするようで、一種のドラッグ体験してる気分になる、とんでもなく美しいモンタージュの嵐! いうなればゴダールによるマルチ・メディア作品。ゴダールと同年生まれという現代美術家の配島さんからお借りして。「映画史」の旅は始まったばかり。同時並行して本の方も読みはじめた<『映画史』ゴダール著 筑摩学芸文庫>。
4.29●『楊貴妃』(溝口健二監督、森雅之・田中絹代主演 1955年、カラー!)
同日●『ナイト&デイ』(トム・クルーズ、キャメロン・ディアス主演 2010)この手のアクション&ラブものとしては、比較的よくできているのではないかと思った。少なくともトム・クルーズの新作『ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル』より「爽快感」は勝っているのでは。
4.30●『映画史 1-B ただ一つの歴史』(J.L.ゴダール監督 1988–1998年)
5,1●『アーティスト』(ミシェル・アザナビシウス監督 2011年) 作品賞・監督賞はじめ本年度アカデミー賞を総なめにしたあの話題の映画。西新井のシネコンで。「同じ」無声映画でも、サイレントで撮るしかなかった無声映画のほうがどれだけすばらしかったか! 今あえて、黒白のサイレントでつくったわけは? まあ、いろいろ「説明」として語れることはあるんだろうが、私には画面からはほとんどその必然性を感じとれなかったし、往時のサイレント映画へのオマージュでもあるらしいが、私にはあまり「粋」には見えなかった。悪くはないけど、でも……、ちょっと退屈、といったところ。
5.2●『エレニの旅』(テオ・アンゲロプロス監督 2004年) 少し前に急逝したアンゲロプロスの「最後の」3部作といわれるものの最初の作。日本で公開済みの最後の作品(彼はこの3部作の最後の作品を撮影中にバイクにはねられて死亡したという。まるで彼自身の映画の一シーンのようといったらうがち過ぎだろうか)。訃報を知ったあとに見たせいか、ある意味で、これまでの彼の作品を自己回顧するような作品のようにも見れた。主人公は珍しく女性で、珍しく「なじみやすい」作品でもある。
それにしても、彼の描く「もうひとつの」ギリシアとでもいえばよいか、なつかしくも未知であるような異邦とでもいえばよいか、あの(この)映画の世界は、永遠の「風景」として私たちの記憶の霧のなかで映写されつづけることになるだろう。それにしても、もう彼の新作が見れないと思うと、残念でならない。その分、世界がつまらなくなる。
5.3●『愛のむきだし(上)』(園子温監督 2009年)
同日●『歌麿をめぐる五人の女』(溝口健二監督、田中絹代主演 1946年)
5.5●『薔薇の名前』(ジャン=ジャック・アノー監督 ショーン・コネリー主演 1986年)再見 ウンベルト・エーコの原作は未読だが、あらためてアリストテレスと「笑い」と、彼の笑いに関する「本」(『詩学』の第2部とされる「喜劇論」)がキーになっていることが感得できた。ときどきアリ研でも『薔薇の名前』が話題になったが、主人公の僧=探偵のショーン・コネリーが「アリストテレス主義者」とはっきり名指されていることが、歴史的にさもありなんで面白かった。それと異端=フリークス(なんと魁夷な相貌の僧たち! 特にトム・ウェイツがすごい)の弔いとなっている点も。でも、女性ファン向きに、あの美男=クリスティアン・スレーターがショーン・コネリーのウブな弟子役で出てますよ!
5.7●『愛のむきだし(下)』(園子温監督 2009年) 『冷たい熱帯魚』でもそう思ったが、劇画的、バラエティ番組的に誇張されてセンセーショナルな(それが「ちょっと」面白い)のだが、世間(世界、日本で様々な映画賞受賞)で注目されている、ほどのことはないのでは、、、。これでもかとばかりに長々とつづく「過激さ」は,たとえば『アンダルシアの犬』の一コマの衝撃に及ばないのでは? おバカちゃん加減も少し中途半端な気がする(その点『冷たい熱帯魚』の「狂気」のほうが徹底してるかも。あのエグさは勘弁してほしいけど)。ここでの、満島かおりもそれほど魅力を感じなかった。ちょっと無理してる感じ。あまりネガティブに言いたくないが、期待しただけに。
5.8●『小さな兵隊』(J.Lゴダール監督、アンナ・カリーナ主演 1960年/公開は1963年) ゴダール『勝手にしやがれ』の次の長編作で、アンナ・カリーナの初主演作。私にとっては大好きなアンナ・カリーナの初主演!というだけで、充分に見た価値あり。
同日●『行きずりの街』(阪本順治監督、小西真奈美主演 2010年)期待以上であることを期待したのだが……。まあ、「見て損はないかな」程度。ストーリーが意外に凡庸で、原作があまり面白くないんじゃないか(ある年の「このミステリーがすごい!」で1位をとった作品らしいけど)。なぜか上に書いた『女教師 汚れた放課後』と印象、記憶がダブてしまうところがある。なぜだろう。
5.9●『映画史 2-A 映画だけが』(J.Lゴダール監督 1994–1998年) ナレーターとして出ていた美女、見たことあると思ったら、キェシロフスキの『トリコロール/白の愛』に出ていたジュリー・デルピーであることに気づいた。それにしても、ゴダールの「女」を見るセンスは並大抵じゃない。彼が自分の映画に抜擢するのは、いつも知的でこの世の存在とは思えぬような美人ばかり!(だと、思いません?) 女優を見出す眼力は優れた映画監督の必須条件である、ということか。
5.10●『狩人の夜』(チャールズ・ロートン監督 1955年)再見 上の『映画史』に、あのなんともすばらしく印象的な、夜の川を子ども二人を乗せた小舟が下るシーンが出てきたので、もう一度見たくなって棚からDVDを出してきた。ホラー映画の「嚆矢」として文句なしの傑作!
これをホラーと言ってよいかどうか憚れるが、そんなことはどうでもよい。ともかく何度も繰り返し見たくなる(見てしまう)悪夢のような、「黒白映画」のカルト的名作であることは間違いない。こう書くと、ホラー映画でカルト的でない名作はありえないので、やはりホラーといいたくなってしまうのだが……。まあ、あまり長く書けないので端折ってしまうが、子どもたちもさることながら、大人のほう、特に主演のロバート・ミッチャムとリリアン・ギッシュがすばらしい!
主人公(ロバート・ミッチャム)はLOVEとHATEという文字を右と左の手の指に入れ墨しているが、先だって、デヴィッド・シルヴィアンのアルバムCD(Died in the Wool)を買ったら、アートワークの一部にLOVEの方だけだがその手(指)のモチーフを使っていたので、思わぬところにこの映画の反映(反復)をみたような気分になって、ちょっとにんまりしてしまった。鈴木慶一のアルバム『ヘイト船長とラヴ航海士』もつい想起してしまうが……。題名からいって、アンゲロプロスの『狩人』も連想されるが、これ以上は、また別の機会があればそれにゆずろう。
……ということで、またもや長くなってしまった。つづきは後日(多分)。
映画備忘録(4.14〜5.10)
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コメント
“映画備忘録(4.14〜5.10)” への2件のフィードバック
石井様
私のリクエストにお答えいただき大いに恐縮ですが、それにしてもこの映画鑑賞
リストの量/幅の広さは特筆ものだと思われます。
と言って 最近(実はこのン十年も)殆ど映画を観ていない私としては、自慢で
はありませんが リストに挙げられた作品は総て未鑑賞です。
山田五十鈴に関しては、少し前に読んだ『芸能人別帳』で竹中労がかなりの好評価
で取り上げていましたが、一方 京マチ子は 黒沢『羅生門』が印象的でした。
<私は確か増村保造監督等のオムニバス作品『女経』を小学生の時にひょんな
ことから観てしまい、この時代の日本映画の女優さんの色香には心底惚れて
います????>
私は映画はほとんど見ていませんが、1950-60年代の芸術作品では 最近
廉価でCDが続々と出ているクラシック音楽の巨匠たちの録音が 文句なしに
超一流だと確信しています、、、、
2012・5・30
庵頓亭主人
コメント、ありがとうございます。
たとえば、『薔薇の名前』は知性派・庵頓亭ご主人向きではないかと思います。
機会があったらご覧になって、ぜひ感想をおきかせください。
映画=語ること、ですからね!
クラシック音楽のことをお書きになっていますが、たしかにいま、数十年前の映画や音楽が、手軽に入手しやすいメディアに姿を変えて再発売され(あるいは在庫整理され)、おどろくほどの安い価格ででまわっています。そのこと自体にいささか複雑な思いもありますが、われわれビンボー人には大変ありがたいこと。
価格と受用する側の態度(姿勢)の関係(商品価値の問題)への興味はさておき、私もショップへ行くたびにDVDだけでなく廉価版のCDをついつい買ってしまいます。出た当時買えなかったものも、この価格なら、、、ということで。
私はたとえば、ジャズですが、先日も、往時のLPレコード4枚分が収録されていて1000円というアニタ・オデイの2枚組CDを買い、ときどき家でかけています。これが、やっぱり、なかなかによいです。