悦びと畏れの間/地蔵ゆかり写真展『祭堂』を見て


 先日、御茶の水にある美術専門学校で講師陣が集う会議に出たあと、銀座にまわり、地蔵ゆかりさんの写真展『祭堂(ざいどう)』を見た。念願かなって地蔵さん本人とも会うことができ、夢(本来の意味での「見る夢」)のようなひとときをすごすことができた。で、その一会の感想をひと言書いておきたい(この東京での写真展は今月の7日に終了した)。

 この日、はじめて会った地蔵さんと自己紹介を兼ねてジャズの話かなんかしていたら、どこからともなく、かつての雑誌OMNI編集時代の同僚で畏友でもある石黒敦彦さんがギャラリー入り口に現れた。なんたる偶然。彼と会うのもはじめてと地蔵さんはいう。その石黒氏が翌日のFBで地蔵さんの作品を評して「美しい戦慄」と記していたが、まずその一言に共感する。戦慄すべき美しさ、と言い換えてもよい。

地蔵ゆかり『祭堂』より
地蔵ゆかり『祭堂』より

 写真自体、つまり紙(印画紙)にプリントされたイメージ(画像)そのものが、眼と対象(人、もの)との交感/交歓の瞬間の悦びと畏れの間で宙吊りになったまま、そのときの魂の微細な震えをとどめ耐えている、とでもいうか。その凛とした「一瞬」の凍りついた振動が、そのまま見る者にもひとつの美として共有される。

 エクスタシス(エクスタシーの語源)というギリシア語が思い浮かびもした。写真が誕生したばかりのマジカルな時を偲ばせるみずみずしさ、その恐れと恍惚。「世界一美しい本をつくる男」シュタイデルが目をとめるのも、ある意味しごく当然な気がする(じっさい、シュタイデルが選考するあるアワードで、地蔵さんが最優秀賞に選ばれ、シュタイデル社が彼女の写真集の製作と発行を行うことになっている。そのことは、地蔵さんがすごいというより、シュタイデルの眼の確かさを改めて証している、と私などは口にしたくなる)。

 ・・・なにやら、大仰な言い方になってしまった。地蔵さんの写真「超かっこいい!」と言いたいだけなんだけどね(^_−)−☆。シュタイデルさん、早く本を見たいよ〜っ。しかし、彼のことだから時間をかけ、じっくり熟成させるようにして本をつくるのだろうな。楽しみに待つしかない。