街なかの文字(3)暖簾に千字文


─ 新宿区神楽坂・インド料理店「想いの木」 ─
千字文の暖簾
千字文の暖簾

 町を歩いていると、はっとするような文字に出会うことが間々あります。ついこの間も変わった暖簾を見つけました。二筋の晒し木綿を仕立てたもので、なんとその右の一筋には「天地玄黄・・・」云々と、つまりあの千字文がそのまま鮮やかな手で書かれてあるではありませんか。思わず「ええっ!何で?」なのでした。今までいろいろの暖簾や看板をみてきましたが、さすがに千字文というのは初めてです。そしてもう一筋のほうには、”インド料理 想いの木”と。この方は右の千字文の手とは違うようですが、つまりこれはインド料理店の暖簾というわけで、まさに[インド料理 x 千字文=謎!] です。

 引き込まれるように続きの “宇宙洪荒 日月盈昃 辰宿列張 寒来暑往 秋収冬蔵・・・” と、そしてさらに “菓珍李柰”と続くのですが、暖簾の文字はちょうど “李” のところで尽きています。

 みごとな草体を堪能しながら、しかし文字の布置の強弱、墨の濃淡もそうですがリズムの流れの巧みは(そのためか途中省略した文字もいくぶんあるようですが)素人目にも心躍るものがあります。

「想いの木」の立て看板
「想いの木」の立て看板

 千字文とはすでにご承知のごとく、古代中国に発する千字に渉る長編詩で、それは壮大なこの世界の成り立ち、あるいは仕組み、歴史を描いたもので、もともと皇帝の王子たちの手習いのための手本として、かの王羲之の筆跡の中から、互いに重複しない千文字を選んで編まれた、といわれているもの。すなわち ”天の色は黒く、地の色は黄色。空間や時間は広大茫漠としていて、太陽や月は満ち欠けを繰り返し、星座は、弦を張ったように連なっている。

 寒さがやってくれば、暑さは去ってゆき、秋には作物を収穫し、冬にはそれを倉に収める・・・果物で珍重するのはすももとからなし “、(この読みは岩波文庫「千字文」小川甘環樹・木田章義注釈をもとに多少意訳)といった世界の運行の様を、これは一服の絵画ならぬ文字による風景(表意という漢字ならではの)として、ひとまず “書” という業によって格調高く表現し、さらにはこのインド料理店の門口に掲げることで、この店の、料理というもう一つの技の繁栄を言祝ぐ、といった、なんとも清がしいアイデアではないでしょうか。

 それにしても「想いの木」とは凝った名前ですが、ここの店のどんな想いが託されているのか・・・どうぞ訪ねてみてください。