街なかの文字(1)花にはやはり酒

 東京も市ヶ谷のこの辺り、花も終わってやっと静かになりました。今年は天気に恵まれてなかなか美しい花日和でした。それにTVニュースでも盛んに映されたように、たしかに今年のお花見には、外人観光客の多かったこと、「憧れの満開の桜を見ることが出来て感激!」などと、折しもの花吹雪を浴びながらの幸せそうな笑顔は、はるばるドイツからの花見ツアーの女性観光客で、TVのこちら側も、そうだったんだ!と幸せな気分になるのです。

─ 花には酒 ─

 そして花というとやはり酒ですが、ここ九段の靖国神社から皇居の千鳥ヶ淵の桜並木では、缶ビール片手にぶらぶらぐらいはありましたが、さすがに宴会風景はみられません。

酒

 千鳥ヶ淵のそんな花見の雑踏から離れて九段下へ向かう辺りの居酒屋の店先に、ただ一文字「酒」という張り紙をみつけました。その下にはとなんと「土日は昼からOK」という、これが結構なインパクトで、特に花見時の昼過ぎなど、酒飲みにはかなり効きめがありそうなジャック? です。さらにその上にSAKE、そして少し下の方に[ English Menu Available ! ] などと貼り出されているのですが、これは「東京やきとん」と真っ赤の文字の看板と、その下に「てっちゃん」と染め抜かれた暖簾をはためかせた多分焼き鳥屋ですが、いわゆる焼き鳥屋のもつ、独特な匂いと一種ひんやりとした暗さーー実はこれが何とも気分をそそるのですが、がありません。たぶんこれは、近くに大きなシティホテルがあるための外人客を見込んでの作戦でしょうか、このてっちゃんはかなりあっけらかんとした、今風な明るい感じの構えです。

九段居酒屋てっちゃん全景

 実はついふた月程前、パリに暮らす姪の息子がガールフレンドを伴って、暮れの東京を楽しみにやってきたのですが、着くなり「居酒屋へ行きたい!」と言い出して私たちを驚かせたのです。彼らはパリにいるうちから幾つか面白そうな店をネットでマークしてきていて、そのひとつは、それはなんでも、ウエイターたちが、とても変わったパフォーマンスをしながらサービスすることが売りの店だというのです。彼らは滞在中、フレンチレストランやワインなどいっさい手をつけず、たとえば何処かへ旅行しても、ホテルではなく寺の宿坊とか日本旅館とか、そしてひたすらビールとか日本酒、焼酎とかいった、それに和食という徹底振りでした。そしてどこへ行っても変わった居酒屋を楽しんで、満足して帰ったようです。

 もしかしたらそれは彼らたちばかりではなく、私たちが外国旅行でその国のパブのなかを覗いてみたくなるように、観光客のお目当ての中に、そういう居酒屋人気があるのかもしれません。そう思ってみると、この店の英語の張り紙も頷けるところです。おそらくこの危なげな横文字にふと異国の匂いを感じ取って、却って旅情をそそられるのかも知れません。

酒

 さらに入り口の脇に「営業中」の文字が、なんと薄板に縛られて立てかけられています。この薄板、雨風に曝されいささか年季が入っていて、しかしお世辞にもじょうずとは云い難いのですが、強いていえばどこか方筆めいた趣で、なまじ永字八法など入っていない(か、テンから気にかけぬ)この書き手の、けっこう磊落な(或は律儀な)姿が目に見えるようです。そしてそれらが、店の前に一緒に並べた空き瓶のラベルの、この方の筆文字は、ラベルとしてデザインされた一癖も二癖もある文字で、それらと微妙に気息を合せながら、この店の前に立つ者をほっと捉える、いわば酔眼流?の、上段ならぬ冗談の、「構え」とさえもいえぬ「構え」に、これは今どきの人間がしきりにほしがる「癒し」の文字、とでも云おうか・・・だいいち文字を縛り付けておく、なんて、なかなかお見事な演出です。


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